実家の食器棚の奥に、丸い形のウイスキーのボトルが置いてあったのを覚えています。子供の頃は「変な形の瓶」としか思わなかったのですが、大人になって洋酒売り場に行ったとき、同じ形のボトルが今も並んでいることに気づきました。
調べてみたら、あの丸いボトルが完成してから発売されるまでに、10年もかかっていました。
・通称「ダルマ」。1950年発売のブレンデッドウイスキーです
・税込約2,500円。スーパーやコンビニでも手に入ります
・丸いボトルは創業者・鳥井信治郎が10年かけて設計し、戦争でさらに10年封印されたものです
スーパーの棚で、ひとつだけ丸いボトルがある
ウイスキーコーナーを眺めると、まず気づくのは縦に細長い瓶ばかりが並んでいることです。山崎も響もバーボンもスコッチも、基本は背の高いシルエット。その中に一本だけ、まるで鏡餅を横に倒したような、ずんぐりと丸い瓶が置かれています。
それがサントリーオールドです。通称「だるま」。
700mlで税別2,250円、税込で約2,500円。山崎NV(ノンヴィンテージ)の3分の1以下の価格で、スーパーでもコンビニでも手に入ります。
なぜ「だるま」と呼ばれるのか
ボトルを手に取ると、どっしりとした重さを感じます。底が広く、肩がなで、首だけが細く立ち上がる。この形が「だるま」を連想させます。
このシルエットは、創業者・鳥井信治郎が10年かけて設計したものです。1930年代、鳥井は「スコッチに負けない日本のウイスキーを、日本人の食卓にふさわしい姿で届ける」という理想を描いていました。当時の舶来ウイスキーは背の高い角瓶が主流。それとは違う、日本の家屋で座卓に置いても馴染むフォルム——鳥井が辿り着いた答えが、この丸型でした。
ただし、完成したデザインは10年間、誰の手にも届きませんでした。
10年封印されたボトル
オールドが正式に発表されたのは1940年(昭和15年)11月15日。鳥井が「これが日本最高のウイスキーだ」と世に出そうとした、その日です。
ところが、時代がそれを許しませんでした。翌年に太平洋戦争が開戦。洋酒は贅沢品として統制対象になり、原料も樽も軍需に回されます。オールドは店頭に並ぶ前に封印され、完成したはずのボトルはそのまま倉庫で眠ることになります。
封印が解かれたのは、終戦から5年後、1950年4月のこと。戦火で焼け残った原酒をブレンドし、10年前に設計された丸いボトルに詰めて、ようやく発売されました。設計から発売まで、ちょうど10年。小学校入学の子どもが中学を卒業するほどの歳月を、このボトルは箱の中で待っていました。
「だるま」という愛称が自然に広まったのは、この形状だけが理由ではないのかもしれません。戦争で倒れても七転び八起きで立ち上がる——戦後日本そのものの姿が、このボトルに重なって見えたのです。
「出世したら頼む酒」——昭和のサラリーマンのトロフィー
1960〜70年代、オールドは日本のバーで特別な位置を占めるようになります。
当時、若手のサラリーマンが飲むのはトリスハイボール。中堅になってレッドかホワイト。そして課長や部長に昇進したら——バーで「オールド」を頼めるようになる。値段は今の貨幣価値で一本一万円を超える高級品でしたが、それ以上に「ここまで来た」というステータスを示す一杯として扱われました。
サントリーの当時の広告コピーにも、この空気が残っています。「夜がくる。オールドがくる。」——仕事を終えた人が自分を労う時間の象徴として、このボトルは描かれていました。
そして1980年、オールドは世界のウイスキーブランドの中で年間販売量世界1位になります。その年の販売量は約1,240万ケース。1ケース12本として約1億4,880万本。当時の日本の人口が約1億1,700万人なので、日本人の頭数より多い本数が1年で売れた計算になります。
ラベルを読み解く
向獅子マーク
ラベルの上部、ネック(ボトルの首元)に小さな紋章が貼られています。これはサントリーのエンブレム「向獅子(むかいじし)マーク」。二頭の獅子が向かい合って盾を支える意匠で、かつて寿屋(現サントリー)が使っていた社章です。
このマークは一度ラベルから消えたのですが、2008年に復活しました。ブランドが長く愛されてきた証として、古い紋章を再び掲げ直す決定が下されたのです。小さなマークひとつに、企業の歴史に対する姿勢が表れています。
「Since 1950」と「A TASTE OF The Japanese Tradition」
ラベル中央には「Since 1950」の表記。これは発売年です。設計された1940年ではなく、あえて封印明けの1950年を起点にしているところに、サントリーの覚悟が見えます。「戦争で一度止まった酒。ここから本当の歴史が始まる」——そう宣言しているように読めます。
その下に英字で「A TASTE OF The Japanese Tradition」。スコッチでもバーボンでもない、日本独自のブレンデッドウイスキーとして立つ、という位置づけをラベル自身が語っています。
干支ラベルという隠れた楽しみ
サントリーオールドには、毎年変わる干支ラベルがあります。お正月の時期に限定発売されるこのボトルは、毎年の干支をモチーフにした特別なラベルデザイン。同じ中身のオールドでありながら、ラベルが一年で変わるため、「毎年1本だけ買って並べる」楽しみ方が広がっています。
12年続ければ、棚の上に十二支が揃います。
こんな人に合う一本
- 昭和のバー文化や戦後史に興味がある方。「出世したら頼む酒」という時代背景を知ると、このボトルの見え方が変わります
- 丸いボトルの佇まいに惹かれた方。洋酒売り場で唯一のシルエットなので、棚に置くと存在感があります
- 山崎や響は知っているけれど、サントリーの原点を辿りたい方。鳥井信治郎の設計思想に一番近い銘柄です
- 干支ラベルを毎年集める習慣を作りたい方。12年で十二支が揃うコレクション要素もあります
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | サントリーウイスキー オールド |
| メーカー | サントリー |
| 種類 | ジャパニーズ ブレンデッドウイスキー |
| 度数 | 43% |
| 内容量 | 700ml |
| 希望小売価格 | 2,250円(税別)/約2,500円(税込) |
| 発表 | 1940年11月15日 |
| 発売 | 1950年4月 |
| 1980年実績 | 世界販売数量1位(年間約1,240万ケース) |
| 愛称 | だるま |
| ラベルの読みどころ | 向獅子マーク × Since 1950 × 干支ラベル |
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あの丸いボトルは、完成してから10年間、箱の中で眠っていました。戦争を越えて、復興と高度経済成長を駆け抜けて、1980年には世界で一番売れたウイスキーになった。
実家の食器棚に置いてあった「変な形の瓶」は、日本の戦後史をそのまま背負ったボトルでした。洋酒売り場であの丸いシルエットを見かけたら、Since 1950の文字を改めて眺めてみてください。
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