コンビニでブラックニッカを見かけるたびに、あのヒゲのおじさんが気になっていました。赤いベレー帽、立派な口ひげ。ウイスキーのラベルにしては妙に人間くさい。「この人、誰なんだろう」と思いつつ、調べないまま何年も過ぎていました。
調べてみたら、19世紀のイギリスまで遡ることになりました。
ラベルを眺めてみよう
黒いラベルの中央に、ステンドグラスのようなモザイク画。赤いベレー帽をかぶり、立派な口ひげをたくわえた男が、こちらを見つめています。左手に大麦の穂、右手にはテイスティンググラス。
2026年、ブラックニッカは誕生70周年を迎えました。小学1年生が定年退職を迎えるほどの年月、このヒゲのおじさんは日本の食卓を見守り続けています。
「キング・オブ・ブレンダーズ」——おじさんの正体
あの「ヒゲのおじさん」には、ちゃんと名前があります。
「キング・オブ・ブレンダーズ」——直訳すれば、「ブレンドの王様」。
モデルになったのは、19世紀のイギリスに実在したW・P・ローリー卿という人物です。ウイスキーの原酒を絶妙な比率で混ぜ合わせる「ブレンド」の名手として、その技は「王様」と呼ばれるほどでした。
ウイスキーの「ブレンド」とは、個性の異なる複数の原酒を掛け合わせて一つの個性を作り上げる技のこと。料理でいえば、複数の出汁を合わせてスープを完成させるようなものです。原酒がどれだけ良くても、ブレンダーの腕次第で仕上がりはまったく変わります。
では、なぜ日本のウイスキーのラベルに、イギリスの人物が描かれているのでしょうか。
竹鶴政孝の哲学——なぜ「ブレンドの王様」を描いたのか
ブラックニッカの生みの親は、竹鶴政孝。「日本のウイスキーの父」と呼ばれる人物です。
1918年、24歳の竹鶴は単身スコットランドへ渡り、本場の蒸留技術を学びました。帰国後、北海道・余市に蒸留所を設立しますが、ウイスキーの原酒が製品になるまでには何年もの熟成が必要です。スコットランドへ旅立ってから数えて16年——ようやく自社のウイスキーを世に出すことができました。
そしてさらに16年後の1956年、竹鶴は新たなブランドを立ち上げます。それがブラックニッカです。
「良いウイスキーを、より多くの人に、手の届く価格で。」
この哲学こそが、ラベルにW・P・ローリーを描いた理由です。優れたブレンドなくして、良いウイスキーは生まれない。竹鶴にとって「ブレンドの王様」は、自分が目指すべきウイスキーづくりの理想像でした。
モザイク画の誕生——1965年の革新
キング・オブ・ブレンダーズがラベルに初めて登場したのは、1965年——東京オリンピックの翌年です。
この年、竹鶴はウイスキーの等級を「特級」から「一級」に変更し、価格を1,000円(現在の貨幣価値で数千円)に抑えました。品質と価格の両立への挑戦です。その新しいブラックニッカのラベルに、左手に大麦の穂、右手にテイスティンググラスを持つモザイク画が初めて描かれました。
60年以上経った今もほとんど変わらないこの絵は、いつしかニッカウヰスキーそのものを象徴するアイコンになっています。
ラベルが「街」に飛び出した日
札幌・すすきの交差点。1969年、すすきのビルの屋上にキング・オブ・ブレンダーズのネオン看板が設置されました。ラベルの中のヒゲのおじさんが、文字通り「街の風景」になった瞬間です。
以来、半世紀以上。一等地ゆえに「差し替えてほしい」という声もありましたが、ビルの社長は「ススキノの雰囲気を守るために絶対に変えない」と宣言。1986年、2002年、2013年と改装を重ねて4代目ですが、ヒゲのおじさんだけは変わらずそこにいます。
なぜブラックニッカは「安い」のか
ブラックニッカ クリアは700mlで約990円。コンビニで買えるペットボトルのジュース2本分ほどの値段です。
この価格にはきちんとした理由があります。若い原酒でもブレンド技術で仕上げる「ブレンドの王様」の精神、海外から調達した原酒の活用(ラベルに「一部輸入原酒使用」と明記)、そして日本で最も売れるウイスキーブランドの一つとしてのスケール。
竹鶴政孝は自身の晩酌に、自社の手頃なウイスキーを愛用していたと伝えられています。ブラックニッカの安さは品質を切り詰めた結果ではなく、「手の届く価格で」という哲学が70年かけて形になった答えです。
ラインナップ
| ラインナップ | 度数 | 価格帯 | ラベルの特徴 |
|---|---|---|---|
| クリア | 37度 | 約990円 | ノンピートモルト使用。白を基調とした明るいラベル |
| リッチブレンド | 40度 | 約1,200円 | シェリー樽原酒をブレンド。深みのある赤茶のラベル |
| ディープブレンド | 45度 | 約1,600円 | シリーズ最高度数。黒とゴールドの重厚なラベル |
| スペシャル | 42度 | 約1,490円 | カフェグレーン使用。伝統的なデザインのラベル |
どのラインナップにもキング・オブ・ブレンダーズは描かれていますが、色使いや背景が微妙に異なります。お店で見かけたら、見比べてみてください。
こんな人に合う一本
- 「あのヒゲのおじさんは誰?」が気になっていた方。正体がわかると、ラベルの見え方が変わります
- ウイスキーにまだ馴染みがない方。700mlで990円から手に取れるので、最初の一本に向いています
- 竹鶴や余市を知っている方。同じニッカの「日常の一本」として、創業者の哲学がもっとも身近に感じられる銘柄です
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | ブラックニッカ(BLACK NIKKA) |
| メーカー | ニッカウヰスキー(アサヒグループ) |
| 創業者 | 竹鶴政孝(1894-1979) |
| 蒸留所 | 余市蒸溜所(北海道)・宮城峡蒸溜所(宮城県) |
| 種類 | ブレンデッドウイスキー |
| 誕生年 | 1956年(昭和31年) |
| 価格帯 | 約990〜1,600円(700ml) |
| ラベルのキャラクター | キング・オブ・ブレンダーズ(W・P・ローリー卿がモデル) |
| 2026年 | 誕生70周年。パッケージ全面リニューアル |
※ブレンデッドウイスキーとは、大麦麦芽を使った「モルトウイスキー」とトウモロコシなどの穀物を使った「グレーンウイスキー」を混合したウイスキーのこと。詳しくはウイスキーの種類と見分け方で解説しています。
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あのヒゲのおじさんの正体は、19世紀イギリスの「ブレンドの王様」でした。竹鶴政孝が自分の理想像としてラベルに描き、70年間変わらず日本中の棚に並び続けている。
コンビニの棚でブラックニッカを見かけたら、キング・オブ・ブレンダーズの顔を改めて眺めてみてください。ただの「おじさん」だったモザイク画が、70年分の物語を背負った「ブレンドの王様」に見えてくるはずです。
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